私がウォッチしているYoutubeチャネルの1つ"Money & Macro talk"で、MMTの推奨者であるステファニー・ケルトン(「財政赤字の神話: MMTと国民のための経済の誕生」, "The Deficit Myth"の著者)とのインタビューが掲載されている。
MMTのインフレの見方
ステファニー・ケルトンは、著書の中で、自ら貨幣発行する政府主体は制限なく財政支出が可能であると主張する。MMTは、政府負債が悪であるという一般的な概念を打ち破り、財政支出の積極的な役割を推奨し、米政府の政策運営に大きな影響を与えている。
しかしながら、MMTは無限に政府支出が可能であるということを言っているわけではなく、インフレ率の上昇が、需要が供給を超過している重要な示唆となると主張している。インフレ率上昇を招くほどの財政出動は要は「やりすぎ」ということである。(過去に様々な国で、過剰な財政出動がハイパーインフレーションを引き起こしたのが良い例であろう)
MMTの米政府への影響力
下記のチャートは米連邦政府の支出額推移を示しているが、コロナ後、米政府は経済下支えのために前代未聞の財政出動を実施し、コロナが落ち着いた今も、米政府の支出額は記録的な額を維持している。
インタビューの中で、ステファニー氏は、コロナ後の財政パッケージ発案に関わっていたことを明らかにしている。米議員の中でも、ステファニー氏の著書を読んで、政府政務の膨張に対する考えが変わり、大型の財政パッケージに対して賛同に回ったエピソードが語られている。それほど、MMTは、米政府運営に大きな影響を与えてきたのである。
コロナ後のインフレは財政出動によるものか
コロナ以降、急激なインフレが起きた原因は、米政府の巨額支出によるものだったのか。MMTが警戒するのは
「財政支出の増加」→「国民所得の増加」→「支出増加」→「需要が供給を上回ることによるインフレ率増加」
というチャネルだが、ステファニー氏は、今回のインフレは供給ボトルネックによる要因が大きく、財政支出増加による影響は少ないと主張している。
「コロナによるサプライチェーン混乱」→「供給減少」→「供給過少によるインフレ率上昇」
インフレの要因を要素分解するのは簡単ではない。私には、上記の2つの影響チャネルは両方とも妥当性があると思うが、ステファニー氏によると、インフレを要因分解したうえで、政府支出増加による影響は限定的だったという結論を出しているリサーチペーパーも存在するようである。
金利上昇はインフレを引き起こすのか
他のMMT経済学者が主張する1つの興味深い点に、「金利上昇がインフレを引き起こす」というものがある。これは、世の中の通説である「金利上昇はインフレを抑える」とは真逆である。
「金利上昇」→「預金に対する金利収入の増加」→「所得増加」→「支出増加によるインフレ率増加」
というのが、そのロジックである。
米FRBは、インフレを抑えるために、金利引き上げを実施してきた。
「金利上昇」→「貸出の減少」→「支出の減少」→「インフレ率減少」
というのが、影響チャネルとして一般的に想定されているものである。
経済の世界では、真逆の影響チャネルが複数あり、結果としてどちらの影響が大きいのか、諸説が分かれることが多い。
金利上昇が金利所得を増やすことは間違いないが、所得増加が支出増加にどのくらい波及するのかは、意見が分かれる。米国の場合は、貧富の差が激しいので、金利上昇によって恩恵を受けるのは資産額が大きいお金持ちだけで、お金持ちは所得が増えても、たいして支出が増えないため、需要増加にはつながらない可能性がある。
一方で、金利上昇は、ローンやクレジットカードが無いと大きな支出ができない低・中所得層への影響が大きく、支出インパクトが大きい可能性がある。しかしながら、これも住宅購入や自動車購入等の一部の産業においては金利感応度が高いものの、例えば日用品の購入は、金利が高くても大して支出動向には影響を与えない、という考えもある。
先ほども書いたようにインフレの要因分解するのは非常に困難であるが、その波及経路は複雑であり、中央銀行が金利を通してインフレ率をコントロールできると考えるのは、かなり短絡的であろう。